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日语笔译三级实务模拟试卷1

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日语笔译三级实务模拟试卷1

主观题

1. 私たちは、自分とは何か、を考えようとするときには、自分ならざるもの、すなわち他者を必要とする。AはAである、と言うとき、そこには、AはBではないもの、Cではないもの、…、という事態が潜在的に含まれている。

とすると、人間とは何か、ということを考える場合にも、このことは当然あてはまる。人間は(とりわけ、西洋の伝統的発想法においては)神ではないもの、動物ではないもの、という形で理解されてきた。これらのは、われわれの日常的な生き方や道徳を、根底的なところで確定してくれる働きをする。例えば、「私は犬や猫ではないのだから…」、「私は神ならざる身なのだから…」と。つまり、<他者>と」の同一性と差異性を通じて、人間という存在の特徴が始めて浮き彫りにされてくるわけである。

したがって、十九世紀から始まるの主張は、人間の自己理解に大きな混乱と変動を引き起こすことになったのは当然なのである。自分とは、動物ではないもの、であったはずなのに、自分は動物だった、と知ったら、自己を浮かび上がらせるべき他者(つまり、自己を確定すべき境界線)が消失することになるからだ。しかしながら、く殺人はいけないが牛や豚を料理することは許される>ことを是認しなければならないわれわれとしては、どうしても、人間以外の動物をく他者>として再確定しなくてはならない。そこで、通常動物には欠けていると考えられる諸特性、例えば、計算合理性、言語能力、抽象化能力などが(動物というからの逆照射を通じて浮かび上がってきて)われわれ人間のアイデンティティーの根拠となり始めたのである。

ところが、われわれにとって興味深いが今世紀の半ばに出現してきた。それは、いうまでもなくコンピュータというである。

“自己是什么?”我们要思考这一问题时,有必要换位思考。“A是A”这句话潜在地含有“A既非B也非C”这一多指性。

这一多指性也适合于我们思考“人是什么”这一问题。长此以来所理解的人的定义是:人(特别在西方传统的观念中)不是神,也不是动物。这一定式中与人相对的“他者”,起着从根本上来确定我们日常的人生方式及道德等的作用。如“我不是狗或猫,所以……”也就是说,通过同“他者”的同一性和差异性的比较,人的客观特征才开始鲜明起来。

因而,从19世纪开始产生的“进化论”的原理,势必会给对人的定式的理解带来极大的混乱和变更。一旦明白理应不是动物的自己却是动物,使自己(人的特征)浮现出来的他者(即能确定自己与他者的界线)也就消失了。然而,必须承认“虽不允许杀人但允许吃牛肉或猪肉”的我们人类,无论如何必须把人类以外的动物当作“他者”再次确定。因此,公认的通常动物所欠缺的种种特征,如理性计算、语言能力、抽象能力等(通过来自动物这一“他者”的反照而浮现出来),开始成为我们人类同一性的根据。然而,对我们人类来说,本世纪(20世纪)中叶出现了耐人寻味的“他者”,这就是不容分说的计算机。

解析:1.“私たちは、自分とは何か、を考えようとするときには、自分ならざるもの、すなとわち他者を必要とする。”把思考的内容先译出来,符合原文的气势,故译作“‘自己是什么?’我们要思考这一问题时,有必要换位思考。”

2.“そこには、AはBではないもの、Cではないもの…という事態が潜在的に含まれている。”意译为“‘A是A”这句话潜在地含有“A既非B也非C”这一多指性。”

3.“自分とは、動物ではないもの、であったはずなのに、自分は動物だった、と知ったら、自己を浮かび上がらせるべき他者(つまり、自己を確定すべき境界線)が消失することになるからだ。”这个复句的结构是“…たら…からだ”(一且……就……),译作“一旦明白理应不是动物的自己却是动物,使自己(人的特征)浮现出来的他者(即能确定自己与他者的界线)也就消失了。”

4. “アイデンティティー”译作“同一性”

5.“興味深い<他者>”译作“耐人寻味的‘他者’”。

2. この(注:コンピュータ)出現によって、われわれ人間は、あらたな自己理解を深めるためのを得たことになる。しかし、コンピュータとの同一性と差異性から、人間を理解しようとすると、今度は興味深い困難が立ちはだかってくることとなった。なぜなら、この他者は、われわれが動物というから逆照射して得た人間のアイデンティティーを支える諸特性、つまり、計算合理性、言語能力、抽象化能力などをすべて兼ね備えているように思われるからである。つまり、それらの特徴ねは、もはや人間だけを限界づけし確定してくれるものではなくなった、と言える。コンピュータという存在者の出現は、人間は人間であることの新たな自己理解を促すことになったのだ、と言うことができる。

反AI論、つまり、人工知能は不可能だとする意見には、例えば次のようなものがある。「コンピュータは感情を持つことができない。」「コンピュータはという意志を持たないのだから、人間のような知能を持つことはできない。」このような反AI論は、(コンピュータというからの逆照射を通じて)われわれの生物としての側面を強調することで成立している。

しかし、コンピュータと動物という二つのから、同時に自己を限界づけ確定しようとすると、この両者に挟まれて、人間の自己理解はかなり興味深い困難を抱えこまざるをえない。動物というによってわれわれを逆照射しようとすると、コンピュータとわれわれとの差異が見えないし、コンピュータというく他者>によっては、動物とわれわれとの差異が見えにくくなるからである。つまり外見上、動物とコンピュータの諸特性の外的総和が、人間の諸特性のすべてを網羅してしまう、という事態が生じているわけなのだ。

由于计算机的出现,我们人类得到了一个能重新加深自我理解的“他者”。可是,人类从计算机的同一性和差异性方面来理解人类,这下一个耐人导味的难题摆在了面前。这是因为计算机这一“他者”,兼备着我们人类从动物这一“他者”身上反射得到的支撑人类同一性的诸特性,即理性计算、语言能力、抽象能力等。也可以说,这些特征当然不是仅仅以人类为标界来确定的。计算机这一客体的出现,促使人类重新自我理解人类本身。

反AI论即对人工智能持否定论者认为:“计算机不可能有感情。”“由于计算机不具有‘生存’这一意志,也就不可能具有人类般的智能。”这一反AI论,是建立在(通过来自计算机这一“他者”的反照)强调我们人类的生物性上。

但是,从计算机和动物这两个“他者”方面,同时来定义和确认人类自已,被这两者加在中间,人类的自我理解就不得不面临相当耐人寻味的难题。具体地说,从动物这一“他者”反照我们人类,看不出计算机和我们人类有何差异,从计算机这一“他者”来反照,又难以看出动物和我们人类有何差异。也就是说,外观上动物和计算机各种特性的外在总和包罗着人类的所有特性。

解析:1.“コンピュータとの同一性と差異性から、人間を理解しようとすると、今度は興味深い困難が立ちはだかってくることとなった。”译作“人类从计算机的同一性和差异性方面来理解人类,这下一个耐人寻味的难题摆在了面前”。

2.“つまり、それらの特徴は、もはや人間だけを限界づけし確定してくれるものではなくなった”,译作“也可以说,这些特征当然不是仅仅以人类为标界来确定的”。

3.“存在者”译作“客体”。

4.“このような反AI論は、(コンピュータというからの逆照射を通じて)われわれの生物としての側面を強調することで成立している”译作“这一反AI论,是建立在(通过来自计算机这一“他者”的反照)强调我们人类的生物性上”。

5.“つまり外見上、動物とコンピュータの諸特性の外的総和が、人間の諸特性のすべてを網羅してしまう、という事態が生じている

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